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メンズスーツの歴史

メンズスーツの歴史

メンズスーツは意外にそれほど古い歴史を持っているものではありません。
古き良き伝統を守りつつも時代に合わせて改良され続けているのです。ここでは、その歴史を紐解いてご紹介します。

背広の原型 ジュストコル【justaucorps】

17世紀のルイ14世の時代に宮廷貴族が用いていた男子用の上着で、
銃士や騎兵のカザックと呼ばれるコートが前身となっているものです。

背から胴にかけて身体にピッタリと沿って作ってあり、胴は細く絞られて、腰から裾にかけの広がりでエレガントな仕上がりとなっています。
裾は、後ろの背の部分が割れており、両脇は畳まれて乗馬の時に邪魔にならないようにされた形が引き継がれています。前あきは、ボタンとボタンホールがブレードや刺繍で飾られており、胴の所だけを止めてベストを見せるようにして着るのが主流でした。

メンズスーツの原型 フロックコート【Frock Coat】

16世紀~17世紀のヨーロッパの農民が、農作業や外出の際に着ていた
粗末な布で作られた長い丈と長い袖の服をフロック【Frock】といいます。

このフロックを、上等な布地と洗練された仕立てをすることで、一般市民の外出着に改良されたのがフロックコート【Frock Coat】です。
18世紀には、男性の普段着であるシャツ・ベスト・ズボンに加えて、ネクタイ・フロックコートを外出の際に着るのが英国紳士の正しい服装となり、スーツ一揃いの確立となりました。現代のメンズスーツの原型です。
その後、上着の前裾の部分を腰から斜めにカットした形のものを作り、動き易くしたものがモーニングコートです。
ですから、フロックコートはモーニングコートよりも格上であり、最上級の礼服となります。

スーツが日本にやってきた!

幕末から明治にかけて、西洋文明を取り入れようという動きの中で、1868年にスーツが紹介されました。

当時は、軍服として強制的に取り入れられていましたが、やがて洋服の機能性に惹かれ始めて、明治末期頃には一般的になりました。
重厚な作りのサヴィルロウ風のダブル6ボタンやシングル3ボタンでスリーピースが主流です。
大正時代に入るとオシャレを楽しむ人も多くなり、スーツも男性の普段着の一つとなりました。

メンズスーツの登場

現在のスーツの原型は、ビクトリア王朝時代に確立されたと言われています。

それ以前の男性の夜間用の正礼装は、燕尾服(えんびふく)で、背広の前丈が短く、背の裾が燕のように二つに割れて長くなっているものでした。
当時の男性には、堅苦しく、ラウンジでもくつろげるものが求められ、ラウンジスーツとして現在のスーツが登場しました。当時の上着の丈は、ヒップを隠す長さがあり、深めのサイドベンツを入れるバックスタイルが一般的でした。
本来のクラシックなスタイルは、ノーベント(ベントを入れない)が正統とされているので、1950年代以前はノーベンのスーツが一般的でした。
1960年代から浅目のサイドベントが流行し始め、後半から深めのサイドベントが一般的に見られるようになりました。

ブリティッシュスタイルの原型 イングリッシュ・ドレープスーツ

革ベルトをした時にコートに出来る胸や背中のドレープを見て、
男らしい印象を与えるとしてスーツに取り入れたことが始まりです。

1928年頃のロンドンで、近衛将校の制服を作っていた仕立屋で、とても評価の高いショルテが、革ベルトをした時にコートに出来る胸や背中のドレープを見て、男らしい印象を与えるとしてスーツに取り入れたことが始まりです。
ドレープをスーツに応用しようと研究を重ねて長年かけた末に完成したものがドレープスーツです。
ドレープとは、「ゆとり」を意味しており、それまでスリムでタイトなスタイルが主流だったメンズスーツに大きく代わるスタイルとなりました。
その後のスーツスタイルにも大きく影響を与えることとなりました。

ボールドルック【bold look】

イングリッシュ・ドレープスーツの「ゆとり」を追求したもので、
1930年代に登場し、1940年代にアメリカで流行したスタイルです。

ボールドとは、「大胆な」という意味で、男性的で力強いファッションのことを指します。
肩パッドを入れて、肩幅やラペル、ネクタイの幅を広くして、派手な色遣いと大胆なストライプなど、男らしいスタイルが特徴です。
アルカポネが愛用していたことでも有名で、シカゴを中心に流行したとも言われています。

ミスターTルック

肩幅やラペルが狭く、全体的にスリムなシルエットを特徴としたミスターTルックです。

1950年代に登場したのは、ゆったりと作られたボールドルックやロングターン・ダブルブレステッドに代わって流行したのは、肩幅やラペルが狭く、全体的にスリムなシルエットを特徴としたミスターTルックです。
「Thin(やせ型)」「Tall(背が高い)」「Trim(さっぱりとした)」の頭文字の3つのTから命名された通り、スマートなスタイルで、社会的順応やエリート意識を表現していると言われていました。
その後のアイビースタイルに影響を与えたスーツスタイルです。

アイビースタイル

アイビーリーグの学生たちが好んでいるファッションのことを
国際衣服デザイナー協会が「アイビー・ルック」と名付けたことが始まりとされています。

アメリカの難関8大学(ハーバード・イェール・プリンストン・コロンビア・ペンシルバニア・ブラウン・ダートマス・コーネル)の各校にあるレンガ造りの校舎におい茂っているアイビーがシンボルとなっていることから、スポーツカンファレンスにアイビーリーグと名付けられました。
アイビーリーグの学生たちが好んでいるファッションのことを1955年に国際衣服デザイナー協会が「アイビー・ルック」と名付けたことが始まりとされています。
上着はなで肩で三つボタン、短い折り返し襟、ズボンは細めというスタイルが特徴で、上流階級の大学生の着こなしとして人気となりました。
日本でも、1960年代に「みゆき族」として東京銀座のみゆき通りに集まる若者たちが好んで着ていました。
1964年に雑誌に特集で掲載されたことによってブームとなりました。
当時の定番は、3つボタンのジャケット・ボタンダウンのシャツ・細身のコットンパンツ・スリッポンシューズだったそうです。

デザイナースーツで華やかに

1980年代にはデザイナーズブランドがブームとなり、
それをベースとした日本独自のスーツへと発展を遂げました。

1960年代後半、ピーコック革命によってデザイナーにより提案されたスーツで、世界的にメンズスーツが着目され、華やかになりました。
バリエーションも増えて、それまでオーダーが主流となっていましたが、スーツも既製服が作られるようになり始めたのもこの時からでした。
アイビーリーガー達が好んでいたファッションが特に注目されて、日本にも次々と紹介されて行きました。
1970年代にはヤングファッションが成立し、1950年代にアメリカで流行したスタイルに注目が集まりした。
デザイナー達のファッションがスーツにも大きな影響を与え始めていました。
1980年代にはデザイナーズブランドがブームとなり、1990年代にイタリアのアルトリアのスーツブーム。
現在は、それをベースとした日本独自のスーツへと発展を遂げました。

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